解離性同一性障害の当事者の記録

主観的な、DID患者としての日々の徒然です

芸術療法〜(26)脱力

春の林道を1時間ほど走る。斜面に作られた段々をテンポ良く降りる。右左右左。左右に体をふりながら飛び上がっては脱力して降りる。ダンシン。思わず浮かれる。

僕のォうちの牛もォ、君のォうちの豚もォ、らららお洒落してェ、ららら踊ってるゥ。藤山一郎の'ビヤ樽ポルカ'を歌う。なんだそりゃと同行の友人が笑う。その昔藤山一郎は学生時代に学校にバレないよう偽名でデビューしたという。

そのとき友人がこれはなんだと言った。躍りながら降りた段々をもう一度登り、わたしは友人が指差した地面を見た。一本の木の周りの土が重機かなにかで荒らしたかのように生々しく掘り返されていた。

重機でしょ。この辺りを伐採したんでは?わたしはそう言って再び牛と豚の唄に戻って段々を脱力しながら降りた。少し遅れて友人が降りて来る。県道に出た。その朝いつもより一層友人は口数が少なく辻で我々は別れた。

その夜友人から写メ。友人はだいぶ調査したらしい。我々が見たのは蹤いたばかりのツキノワグマの足跡であった。その夜半の春の嵐は翌日には晴れて正午すぎ我々はもう一度林道を探索、足跡は激しい雨嵐で消し去られていたが林道傍の木に荒々しく刻まれたツキノワグマの爪痕をiPhoneで写真に撮りその足で自然公園の詰所へと出向く。

3人の作業服姿の市職の人たちが我々も林道を調査します、ありがとうございましたと頭を下げる。ひとりの男性がわたしに言った。熊は穴を掘りますか?わたしは少し考えて掘りませんね、と言った。

この数年ドングリの豊作が続いている。どうやらツキノワグマは増えているようだ。帰宅後、熊を撃つのかあいつらは撃つのかと脳内が騒がしかった。頭と体の緊張がなかなか去らない。脱力を、脱力をしなければ。

翌日内科のクリニックで痛み止めを処方してもらうことにした。あのうじつは大変なことがあって体があちこち痛くなって。どうしたの?ランニング中に熊の足跡と爪痕を見ちゃったんです。うへえ、怖いなあ。ドクターが軽口で返したそのときわたしは再び緊張が高まった。

‥‥良い熊だっているんですよ、山のものを、良いものだけを食べている、良い熊の証拠としての、良い糞があの林道で見つかりさえすれば‥‥。ドクターがキーボードを打つのを手を止めてゆっくりとわたしを振り返った。

カロナール他いつもの処方剤をカウンターで受け取り帰宅。ソファーになだれ込む。ようやく訪れた脱力であった。