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解離性同一性障害の当事者の記録

主観的な、DID患者としての日々の徒然です

芸術療法〜(14)屋根

屋根を描くことに兎にも角にも手を付けた。いつ頃からだろうか。ある時わたしは屋根を見ていた。立ち止まり屋根を見たのだ。その日から今日まで、脳内には膨大な数の、わたしがこれまでに見た沢山の屋根メモリーが存在している。

わたしは何故それほどまでに屋根を見つめたのだろう。屋根は家屋敷に無くてはならないものである。雨風を防ぎ、灼熱の陽射しに影を作り、天井を貼ればそこは屋根裏部屋となる。集合する住居の屋根の景観はその地域に独特の風景を作ることがある。

また屋根材には一長一短がある。優れた機密性に反して結露で腐食してしまう素材もあれば消耗が激しく定期的に作り直さねばならない屋根もある。降り積もる雪が塊で落下しないように傾斜をつけた屋根があり、人がそこで夜空を眺めるときに落っこちないように周囲に欄干を巡らせた屋上屋根がある。

果たしてこの世界にパーフェクトな屋根というものがあるだろうか。わたしは知らない街を歩くとき家々の屋根を見つめてはそんなことを考える。

今どきは雨漏りをする家はないのかもしれないがFLライトは幾つもの雨漏りする屋根をデザイン施工したというのを先日読んだ。君雨漏りをするではないかというクレームに対し、雨晒しにしているのですから仕方ありませんと答えたという。

よくわからないがそんな記述を読むと屋根は家の一部であって、家というものは人が建てるものなんだなと改めて思うのだ。

屋根について考えることがわたしの脳内の何かを鎮めている。散歩中建築現場を通り掛かり、上空で屋根を葺く人足衆の格好良さに見とれること。これもまたわたしの芸術療法のひとつなんである。