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解離性同一性障害の当事者の記録

主観的な、DID患者としての日々の徒然です

どんなことが治療を妨げるのか〜治療同盟とはなにか

わたしは治療同盟という用語はパトナムの本で初めて知った。しかしそれ以前にもわたしの主治医はそれらしいことを診察の終わりにやっていたような気がする。

簡単に言うと主治医と患者とのあいだで交わされる約束である。治療に於ける契約のようなものだ。文書化すべきとする欧米の専門書もある。

カウンセリング治療と呼ばれるものにこの治療同盟は必要だとされる。わたしはこの『同盟』という言葉が好きなのだ。

生身の人間は完全では居られない。かつて予約の時間に主治医が遅刻して小一時間を待合で待ったことがある。自殺はしませんと約束したにも関わらず自殺を図ったというわたしの側の契約不履行もある。

治療同盟を堅苦しい、馴染みにくいとする優しさからとして『信頼』や『絆』などを好むドクターは多い。そして教員や施設の職員たち。少しずつです、徐々に信頼を築きましょうとか、絆が強まるのです、という感じでこの言葉は使われる。

DIDの人生は言わば裏切りの連続であった。何度も何度も裏切られた子どもは自己防衛として今度は誰かを裏切ることを1度はやってみるかもしれない。徹底的に深い傷を負ったDIDは無関係の誰かを酷い目に合わせたことがあるのではないだろうか。

DIDの人生は戦場だった。攻撃か、防御か。さてなにをどうすればここを切り抜けられるのか。空気を察知して敵の特質を見抜き弱味を衝くやり方を瞬時に編み出す。DIDには何十年もそんな対人関係が続いて来たのだ。

こんな心には『信頼』や『絆』などSF並みの離れ業なのである。よもやうっかり信じたりしては命が危ないのだ。ほのぼのとしたやり取りで何かを期待して気を抜いた次の瞬間土間に蹴り落とされた。忘れるな油断するなと声がするのだ。

DIDの敵とは何か。

DIDの敵は過去の全てである。

タイムラグを経て飛び掛かり来る脳内の過去の惨状の記憶である。恐怖を伴う体の痛み。長く深い失意に陥れ放置するあの夕焼け空の赤である。負けないように、泣かないように守備よく対処しなければならない。何故ならすぐに次の来襲がやってくるのだ。

初診当時のことだ。わたしは早朝家を飛び出した。解離性遁走だった。会社を急遽休んで追いかけてくれた主人がわたしを捕まえて病院へ連れて行った。その日飛び込んだ診察室で主治医がわたしに言った。

僕に悪行を犯させるつもりですか?悪行?夫は驚いて聞き返した。そうです、予約も無しに勝手に診察をするという悪行です。次の診察は2週間の間隔で、それまで自宅で療養すると先日ちゃんと約束しましたからね。

診察が定期的になりつつあるころのことだった。わたしはこの日今後はそれなりのコンプライアンスを示したいと考えた。主治医はわたしの回復に尽力している、主治医は味方であると知ってからのちわたしの記憶との闘いの勝率は上がっていった。

主治医は敵ではない。一緒に闘ってくれる隣国の同盟国なのである。頑張れるか?うん、とりあえず1ヶ月死なずに頑張るわ。こう書くととても簡単だがこれがわたしと主治医との治療同盟なんである。