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解離性同一性障害の当事者の記録

主観的な、DID患者としての日々の徒然です

除反応とはどんなものなのか

DIDの治療に除反応がある。簡単に言えば記憶を取り出して整理することだ。

その夜わたしは17歳だった。父は酷く酔っていた。父は手には包丁を持っていた。父がわたしを追い回す。抵抗していたはずのわたしは一転父に向かって殺るなら殺れと言う。父は殺しはしない顔を少し切るだけだと言った。お前の顔はよくない顔だと父が笑う。蘇る記憶。父に顔に刃物を突きつけられた瞬間の記憶は鮮明なものだ。

ひとたび始まった除反応は止められない。脳の蓋はある時開いて、そうして封印しておいたはずの記憶の場面をランダムに再生し始める。除反応は当事者にとってただただ厳しい。

診断されて治療が始まった年である西暦2000年をわたしにとってのDID元年とするならB.C.DIDでは人格交代と身体の不調はあったが除反応は無かった。除反応がわたしの生活を乱しはじめたのはA.D.DID、つまり精神科治療が始まってからである。

ある夜高校生のわたしは手に包丁を持っていた。眠っている父の傍で包丁を手にしたわたしが立ちすくんでいる。母が起きてきて父を起こす。翌朝わたしは父の運転する車に乗り、母に付き添われて大学病院を受診した。道中何度も吐き気を催し車を降りて吐いた。中待合から診察室への長い灰色の廊下。診察室のリノリウムの白い床。若い男性のドクターの白衣。翌日わたしは高校を休んだがしばらくすると何事もなかったかのように再び学校へ通い始めた。

酔った父に追いかけられた夜とわたしが包丁で父を殺そうとした夜とではいったいどちらが先であったのか。想起される記憶の瞬間の映像は鮮明だが、そういうことがわからない。

除反応で想起される記憶は時系列を持たないことが多い。因果関係は不明瞭なので道徳的定義は不能で、いったいわたしは被害者なのか加害者なのか、強い恐怖と罪悪感とが合わさって瞬時に沸き起こる。

愛着関係を培っていた養育者からの支配力よる虐待。はたして何処からが世話で何処からが暴力か。生まれながらに暴力に晒され快楽の原則を見出せないで育った子どもは反射的に沸き起こる生存本能で事態をやり過ごしてゆく。なけなしの良心は貞操を差し出し、肉体を滅ぼしながらも歯を食いしばりひたすら生き長らえた。

かたやDIDは脳内の城壁の東西南北に強固な人々を配置して様々な出来事に対処して進んできた。思春期を過ぎ、野心と物欲をガソリンに合理化された思考回路で突き進む緊急事態に強固な人格たちの警告がF分の1揺らぎをもたらした。わたしはこれまでに殺人や窃盗を幾度も寸止めしている。

容赦ない除反応。襲い来る強い感情で心拍数は上昇し毛細血管が膨張する。今すぐここから逃げなければならないと辺りを見回してはそこにない人影に怯え叫び声を上げる。

『子どもの貴女が耐えられたのですから大人になった今、それを克服する力は既にあるのです』

専門書にはこうした記述がよくあるが、すべての除反応が患者に自信や誇りを、ましてや平安を即座に取り戻させるわけでない。

時にはわたしはメジャートランキライザーを処方され記憶を塗りつぶし眠り続けた。それは統合失調症患者の被害妄想への対処と同一だと言える。

ある日記憶の中で幼い子どものわたしが父の膝で父の手のひらを眺めている。父の左手には第一関節から先が潰れて無くなっている指が二本あった。ダメになった父の左手をわたしは念入りに調べていた。

わたしが35歳で発病すると母はわたしとの同居を酷く怖がった。おそらくあの時の殺人未遂事件を思い出したのだ。

わたしの両親は高校生のわたしを警察へ付き出すことをしなかった。いつか自分たちが殺されるかもしれないというのに依然としてわたしを同じ家に住まわせていた。指を切断した父は障害者手当を受けていなかった。きっと父の側の何かの不払いがあったのかもしれない。

いろいろなことを考える。

呆然とするしかないような押し寄せる高波のような記憶に逃げないで向かっていくのは何故だろう。

ライフステージの変化と共に繰り返し訪れる危機の記憶の傍らで子ども時代の何気ない日常の一場面が蘇る。懐かしい父や母、コミニュティの隣人たち。彼等もまた厳しさのさ中を火の粉をくぐり抜けるようにして生きるしかなかった。歌声と慟哭。

DIDは被害者である。自分を被害者であるとして受け入れていく心の力とは沸き起こる自分の感覚をありのまま見つめる力のことである。当事者であることから逃げてはならない。自ら記憶の白黒を区切っていくのだという揺るがぬ意思を培うことから逃げてはならない。

バドリング。波はセットでやってくる。

わたしはまるでサーフィンをするかのように、繰り返し訪れてはわたしを呑み込む絶望という高波を懸命に足元へ足元へと押し込め続けるのだ。